日本刀 ¤ 脇差 ¤ 表/津田越前守助広 裏/寛文十二年八月日 ¤ 最上作 ¤ 大業物 ¤
表/津田越前守助広 裏/寛文十二年八月日
Wakizashi
Omote/ Tsuda echizen no kami Sukehiro
Ura/ Kanbun 12 nen 8 gatsubi
- 長さlength
- 54.2cm
- 反りcarvature
- 1.2cm
- 目釘穴peg hole
- 2個
- 元幅
- 3.15cm
- 先幅
- 2.3cm
- 元重
- 0.65cm
- 時代
- 江戸初期 寛文12年(1672年)
- period
- early edo (1672)
- 国
- 摂津(大阪府)
- country
- settsu
- 刃文
- 直刃に湾れ
- hamon
- suguha notare
- 地鉄
- 小板目
- jigane
- koitame
- 帽子
- 小丸
- boshi
- komaru
- はばき
- 金着二重
- habaki
- gold foil double
- 外装
- 白鞘
- mounting
- shirasaya
- 鑑定
- 日本美術刀剣保存協会 特別保存刀剣鑑定書附
- Certificate
- [N.B.T.H.K] tokubetsu hozon token
- 正価
- 2,500,000円
- price
- 2,500,000-JPY
大阪新刀を代表する津田助広。明暦三年、わずか二十二歳の若さで越前守を受領し、寛文七年には大阪城代青山因幡守のお抱え鍛冶となる。東の横綱、長曽弥虎徹虎徹、西の横綱、津田助広と称賛され、四十七歳で急逝するまでに多くの名刀を残している。初めの銘切りはやや角張った楷書風の切り方をしこれを角津田と称し、後に丸みを帯びた草書風の丸津田へと変化する。銘は初めに越前守源助広、続いて越前守藤原助広、万治頃から越前守助広、寛文七年から津田越前守助広。延宝二年から草書風の津田越前守助広。
助広は濤乱刃の創始者として有名だが、直刃の名手として名を馳せたことも本作を見れば納得。一尺八寸弱と脇差ながら長めの寸に、身幅重ね尋常で反り格好も良い。わずかに湾れ掛かった直刃は粒のそろった小沸が厚く付いて刃中明るく、帽子はやや掃掛け気味に小丸に返っている。平地全体に沸いた地景と地沸から織りなす小板目肌は、数ある助広のなかでも出色の出来映え。白い肌目と黒い地景と地沸の対比が素晴らしく、改めて助広の技量に驚かされる。生ぶ茎には太い鏨で角津田銘を切り、裏は草書風の年紀で助広三十七歳の頃。最上作、大業物。特別保存刀剣鑑定書附。