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刀装具【鐔・縁頭・目貫・小柄】  赤銅七々子地源平合戦 牟礼高松(源義経)- Genpei kassen Mure no Takamatsu -

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縦/height 7.0cm 横/width 6.5cm 厚み/thickness 0.3cm 重量/weight 102g  正価/price 売却済-sold-

赤銅七々子地を木瓜形に仕立て、太刀を振りかぶった猛々しい武者の姿が高彫りされている。頭上には松の枝が、足下には岩に笹竹と僅かに水の流れを見ることが出来る。裏には太い老松が、これもまたかなりの高彫りで印象的。武者が身につけている大鎧には胴に笹竜胆の文様が描かれており、源義経であるとわかる。江戸時代に描かれた浮世絵、また歌舞伎の衣装ではその人物が誰であるかすぐにわかるよう、目印として家紋が大きく入っていることが多い。義経には笹竜胆紋が使われていることから、この武者を義経と推測することは難しくない。源氏の代表紋として有名な笹竜胆であるが、源頼朝、義経が実際にこの紋を使用していたかについては明らかになってはいない。
源平合戦の終焉、一ノ谷の戦いに敗れ、屋島に籠もった平氏を義経の軍勢が急襲する。平家物語巻第十一の二「勝浦」から巻十一の三「継信最期」につながる部分である。義経の「弓流し」平景清「錣引」那須与一「扇の的」つながっていく。 明くる十八日引田と云う在所におりて人馬の息休めて、其れより白鳥丹生屋打ち過ぎて八嶋の城へと寄り給う。判官又親家を召して是より八嶋の館は如何様なるぞと問い給へば、しろしめされしはこそ候へ、無下に浅く候。潮の干て候時は陸と嶋との間は馬のふと腹もつかり不候と申す。敵の聞かぬ先にさらはとう寄よやとて群高松の在家に火を懸けて嶋の城へと被寄りける。
翌、十八日(元暦二年二月十八日)、引田という所で人馬を休ませ、そこから白鳥、丹生屋を通り過ぎ、屋島の城へ近づいた。義経は親家を呼び、屋島の館まではどうなっているかと尋ねると、「とても浅くなっております。潮が引いているときは陸と島の間は馬の太腹も水に浸かりません。」と言った。敵に気づかれる前に攻めようと、牟礼の高松の民家に火を放ち、屋島の城へと攻め込んだ。-中略-義経はこの日、赤地に錦の直垂に、紫裾濃(むらさきすそご)(上部が淡く裾に下がるにつれて濃い色に染色されたもの)の鎧を着て鍬形打ちたる兜の緒を締め、金作の太刀を帯び、二十四指たる截生(きりう)(「斑入り」の鳥の羽根)の矢を負い滋藤の弓(藤の蔓で巻いたもの)を持ちて沖の方をにらみ名乗りをあげた。
本作、太刀を振りかぶる義経は老松の脇より大きく名乗りを挙げているようにも、敵に向かって切り込んでいくようにも見える。勇ましい武者の姿は是非お手にとって見ていただきたい優れた出来である。

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