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Japanese Antique SAMURAI Sword and Fittings

日本刀  ¤  寸延短刀  ¤  無銘 伝 広光(相州)《重要刀剣》  ¤  Mumei den Hiromitsu (Soshu)  ¤

無銘 伝 広光(相州)

sunnobi Tanto / Mumei Hiromitsu (Soshu)

長さ / cutting edge
32.8cm
反り / sori
0.3cm
目釘穴 / mekugi
2個
元幅
2.9cm
先幅
2.4cm
元重
0.5cm
時代
古刀 南北朝期 延文頃(1356年)
period
nanbokucho (1356)
相模(神奈川県)
country
sagami
刃文
皆焼風
hamon
hitatsura
地鉄
板目
jigane
itame
帽子
乱れ込んで小丸
boshi
midare konde komaru
はばき
金着二重
habaki
gold foil double
外装
白鞘(伊東己代治鞘書)
mounting
shirasaya(ito miyoji sayagaki)
鑑定
(財)日本美術刀剣保存協会 第41回 重要刀剣指定品
Certificate
[N.B.T.H.K] juyo
折紙
本阿弥光常折紙(寛文八年)
本阿弥琳雅折紙(大正二年)
元豫州吉田藩主伊達子爵家伝来 → 伊東伯爵家伝来
Origami
hon-ami origami
正価
売却済
price
Sold

通説、正宗の弟子として有名な初代広光。今日では貞宗の弟子、または新藤五の弟子とみる説が有力。南北朝期の相州鍛冶を代表する広光だが太刀の在銘は現存せず大半が1尺1寸程。大短刀または寸延び短刀と呼ばれる延文型(本作がそれ)と小脇差の1尺2-3寸程があるだけで、1尺を切る、現在定義されている短刀がほとんどないのは時代的特色と言える。本作には重刀以外に二枚の折紙(鑑定書)が付き、寛文八年(1668年)に本阿弥光常による極め、大正二年に本阿弥琳雅が研磨と極めをしている。また、この折紙は大事に桐箱に納められ、伊予伊達家伝来である旨を伊東伯爵が自筆で箱書きをしている。 また、刀工辞典で有名な藤代氏は「広光をもって世上称される相州伝の代表者と鑑たい」と述べている。最上作。上研磨済み。
「重刀図譜の説明(原文そのまま)」
 貞宗につづいて南北朝期の相州鍛冶を代表するのが広光・秋広の両工である。広光には確実な有銘の太刀は見られず、多くは時代の特色を示した大柄な短刀や小脇差であり、それまでの相州物には見られなかった斬新な皆焼の刃文を得意として焼いている。経眼する広光の年期は観応が古く、以後文和・延文・康安・貞治等がある。 この脇差は生ぶ茎無銘であるが、板目処々肌立ち、地景入り、地沸よくつき、刃は小互の目・小乱れに丁子交え、地に飛焼・湯走りがかかるなどして総じて皆焼風を呈し、とくに丁子を交えている点から広光と鑑せられるもので、本阿弥光常の極めは至当である。

※豫州吉田藩主伊達子爵家
伊達政宗の子が伊予宇和島藩主となり、その五男である伊達宗純が明暦3年、伊予吉田藩を立藩。
※伊東己代治(伊東伯爵)
安政4年5月7日生まれ。伊藤博文らと憲法草案を練り、大日本帝国憲法を制定させた一人。
また、明治天皇の母方のいとこでもある。

日本刀・伝 広光(相州)《重要刀剣》画像1 日本刀・伝 広光(相州)《重要刀剣》画像2 日本刀・伝 広光(相州)《重要刀剣》画像3 日本刀・伝 広光(相州)《重要刀剣》画像4

※刀身平地の白い部分は皆焼の飛焼です。

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