刀装具【鐔・縁頭・目貫・小柄】 赤銅地波に龍虎図鐔 - Shakudo ji Nami ni Ryu-Ko zu -


- 縦/height7.7cm
- 横/width7.15cm
- 厚み/thickness0.45cm
- 重量/weight152g
- 正価/price売却済-Sold-
赤銅地にこれでもかと敷き詰められた波は見事というほかない。残念ながら画像(写真)では表現しきれなかったため、ぜひ実物を見ていただきたい鐔である。
龍虎は現代においても大変人気のある意匠である。 龍と虎、表象と事象。天と地を象徴するその勇ましさ、互いに一歩も引かない、同等の力。室町時代より龍虎図は戦国武士の士気を高める。一面に描かれた水流を纏うのは龍だが、それを逆巻く波濤にしているのは、虎が纏った風であろう。龍の髭や目に施された金象嵌は摺り剥がれほとんど残ってはいないし、龍虎の眉、鼻頭など磨り減っているところもある。それがまた時代の流れと、愛情を持って使われてきた証しなんだと考える。荒ぶる波と獅子に龍、躍動感溢れる意匠のはずが、なぜか時が留まったような静寂さを感じる一枚である。
その難解さゆえ、様々な解釈そしてさまざまな教え・学問に取り入れられていった易。根源にある陰陽二元論(乾=陽=天 坤=陰=地など)。
淮南子「天文訓」においては
龍虎は現代においても大変人気のある意匠である。 龍と虎、表象と事象。天と地を象徴するその勇ましさ、互いに一歩も引かない、同等の力。室町時代より龍虎図は戦国武士の士気を高める。一面に描かれた水流を纏うのは龍だが、それを逆巻く波濤にしているのは、虎が纏った風であろう。龍の髭や目に施された金象嵌は摺り剥がれほとんど残ってはいないし、龍虎の眉、鼻頭など磨り減っているところもある。それがまた時代の流れと、愛情を持って使われてきた証しなんだと考える。荒ぶる波と獅子に龍、躍動感溢れる意匠のはずが、なぜか時が留まったような静寂さを感じる一枚である。
周易
上経
乾下乾上
乾元亨利貞 乾元に亨る 貞に利ろし
初九 潜龍勿用 潜龍なり 用うるなかれ
初爻 地中に潜んでいる龍。まだ動いてはならない
九二 見龍在田 利見大人 見龍田にあり 大人を見るに利し
二爻 地上に上がった龍 賢者に相談することだ
九三 君子終日乾乾 夕惕若厲无咎 君子終日乾乾とし、夕べに惕若たれば。危うけれども咎なし。
三爻 君子たるもの、終日努力してもまだ反省をやめない。そのようであれば、危うい地位であるが問題はない
九四 或躍在淵无咎 或いは躍りて淵に在り。咎なし
四爻 飛び立とうとする龍 問題はない
九五 飛龍在天 利見大人 飛竜天に在り。大人を見るに利ろし。
五爻 天高く昇った龍 賢者に相談することだ
上九 亢龍有悔 亢竜悔いあり。
上爻 昇りすぎた龍 降りようにも降りられない 慢心は危険 進めば後悔する
用九 見羣龍无首吉 群竜首なきを見る。吉なり。
この経(本文)について、文言(文言伝)にて詳しく解説している。龍虎が出てくる九五についてを抜粋する。
乾下乾上
乾元亨利貞 乾元に亨る 貞に利ろし
初九 潜龍勿用 潜龍なり 用うるなかれ
初爻 地中に潜んでいる龍。まだ動いてはならない
九二 見龍在田 利見大人 見龍田にあり 大人を見るに利し
二爻 地上に上がった龍 賢者に相談することだ
九三 君子終日乾乾 夕惕若厲无咎 君子終日乾乾とし、夕べに惕若たれば。危うけれども咎なし。
三爻 君子たるもの、終日努力してもまだ反省をやめない。そのようであれば、危うい地位であるが問題はない
九四 或躍在淵无咎 或いは躍りて淵に在り。咎なし
四爻 飛び立とうとする龍 問題はない
九五 飛龍在天 利見大人 飛竜天に在り。大人を見るに利ろし。
五爻 天高く昇った龍 賢者に相談することだ
上九 亢龍有悔 亢竜悔いあり。
上爻 昇りすぎた龍 降りようにも降りられない 慢心は危険 進めば後悔する
用九 見羣龍无首吉 群竜首なきを見る。吉なり。
九五曰、九五に曰く
飛龍在天、利見大人、何謂也。飛龍天に在り、大人を見るに利しとは、何の謂いぞや
子曰、子曰く
同声相応、同気相求。同声相応じ、同気相求む
水流湿、火就燥。水は湿えるに流れ、火は燥けるに就く
雲従龍、風従虎。雲は龍に従い、風は虎に従う
聖人作而万物観。聖人作りて万物を観る
本乎天者親上、天に本づくものは上に親しみ
本乎地者親下、地に本づくものは下に親しむ
則各従基類也。即ち各々その類に従う也
飛龍在天、利見大人、何謂也。飛龍天に在り、大人を見るに利しとは、何の謂いぞや
子曰、子曰く
同声相応、同気相求。同声相応じ、同気相求む
水流湿、火就燥。水は湿えるに流れ、火は燥けるに就く
雲従龍、風従虎。雲は龍に従い、風は虎に従う
聖人作而万物観。聖人作りて万物を観る
本乎天者親上、天に本づくものは上に親しみ
本乎地者親下、地に本づくものは下に親しむ
則各従基類也。即ち各々その類に従う也
九五に「飛龍天に在り、大人を見るによろし」とはどういう意味でしょう。
孔子曰く、「同声相応じ、同気相求む」 水というものは潤うたところに流れていくし、火は乾いたものに早く燃えつく。
龍があれば雲が起こり、龍の雨を降らせる働きを助け、虎があれば風がこれに伴い、より一層、虎の威を盛んにする。 これらみな同気相求むである。
君子が現れる時、万物のあるべき姿が照らし出される。
天に基づくものは上に親しみ、地に基づく者は下に親しみて、すなわち、各々その類に従うなり。
孔子曰く、「同声相応じ、同気相求む」 水というものは潤うたところに流れていくし、火は乾いたものに早く燃えつく。
龍があれば雲が起こり、龍の雨を降らせる働きを助け、虎があれば風がこれに伴い、より一層、虎の威を盛んにする。 これらみな同気相求むである。
君子が現れる時、万物のあるべき姿が照らし出される。
天に基づくものは上に親しみ、地に基づく者は下に親しみて、すなわち、各々その類に従うなり。
その難解さゆえ、様々な解釈そしてさまざまな教え・学問に取り入れられていった易。根源にある陰陽二元論(乾=陽=天 坤=陰=地など)。
淮南子「天文訓」においては
虎嘯而谷風至龍舉而景雲属
淮南鴻烈解における淮南子天文訓の解釈には
虎土物也 谷風木風也 木生於土 故
虎嘯而谷風至
龍水也 雲生水 故 龍舉而景雲属屬會也
周易注疏における周易の解釈では龍水也 雲生水 故 龍舉而景雲属屬會也
雲従龍風従虎者
龍是水蓄 雲是水気 故 龍吟則景雲出 是雲従龍也
虎是威猛之獣 風是震動之気 此亦是同類相感故 虎嘯則谷風生 是風従虎也
龍是水蓄 雲是水気 故 龍吟則景雲出 是雲従龍也
虎是威猛之獣 風是震動之気 此亦是同類相感故 虎嘯則谷風生 是風従虎也
龍は雲を従え、虎は風を従えるとは、
龍、これ水たくわえ、雲、これ水気ゆえ 龍吟ずればすなわち景雲生ず。これが龍は雲を従えるなり。
虎、これ猛々しい獣、風、これ震動の気 これまた同類相感ゆえ、虎嘯けばすなわち谷風生ず。これが虎は風を従えるなり。
龍、これ水たくわえ、雲、これ水気ゆえ 龍吟ずればすなわち景雲生ず。これが龍は雲を従えるなり。
虎、これ猛々しい獣、風、これ震動の気 これまた同類相感ゆえ、虎嘯けばすなわち谷風生ず。これが虎は風を従えるなり。